明日の #5月4日 は #日本 では #何の日 かをまとめてみました。
みどりの日
五月の空は、一年でもっとも青い。風はやわらかく、木々の葉はまだ若い緑をまとっている。そんな季節のど真ん中に置かれた「みどりの日」は、ゴールデンウィークを構成する国民の祝日のひとつです。
この祝日の趣旨は「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」こと。制定の経緯をたどると、昭和天皇の誕生日である4月29日に行き着きます。昭和天皇が生物学者であり自然を深く愛したことから、崩御の翌年にあたる1989年(平成元年)より、4月29日は「みどりの日」という祝日になりました。ところが2007年(平成19年)、4月29日は「昭和の日」として改称され、「みどりの日」は5月4日へと移動することになります。
それ以前の5月4日は、憲法記念日(5月3日)とこどもの日(5月5日)に挟まれた「国民の休日」という位置づけでした。正式な祝日ではなかったものが、「みどりの日」の移動によって晴れて祝日に昇格した日、それが今日です。
この日には、国公立公園の無料開放が行われるほか、恩賜上野動物園や多摩動物公園、新宿御苑、浜離宮恩賜庭園、小石川植物園、井の頭自然文化園、葛西臨海水族園など多くの施設で入園料が無料となります。都市に暮らす人にとって、普段は有料の場所へ気軽に足を踏み入れられる、年に一度の贈り物のような日といえるでしょう。
今日という日を自然の中で過ごすなら、近所の公園をいつもより少しだけ遠回りしながら歩いてみてください。五月の緑は、目に映るだけで不思議と気持ちが落ち着いていきます。
国際消防士の日
炎の中へ向かう人たちがいる。私たちが逃げる方向へ、走っていく人たちが。
国際消防士の日(International Firefighters' Day)は、消防士の守護聖人とされる聖フロリアヌスの聖名祝日にあたる5月4日に設けられています。もともとヨーロッパの多くの国では、聖フロリアヌスにちなんで「消防士の日」として親しまれてきた日付でした。
この記念日が「国際」の名を冠するようになった背景には、1998年12月にオーストラリアのリントンで起きた山火事があります。急に風向きが変わり、5名の消防士が命を落としたこの事故を将来への教訓とするために、翌1999年から「国際消防士の日」として制定されました。特定の国家機関や協会が定めたものではなく、世界中の消防士たちへの敬意と追悼の思いが、国境を越えて自然に広がっていった記念日です。
この日のシンボルは、赤と青のリボン。赤は火を、青は水を表し、同時に国際的に緊急サービスを意味する色としても認識されています。消防士の守護聖人である聖フロリアヌスは、古代ローマ時代に消防隊を組織したとされ、その名にちなんだ「聖フロリアヌス十字」は、今も消防関係者の紋章として世界中で広く使われています。
日本では普段、消防士の働きを意識する機会はあまり多くありません。サイレンの音が遠ざかっていくのを聞くとき、その先へ向かっている人がいることを、今日だけはきちんと思い出したいものです。
エメラルドの日
宝石のなかで、緑色をまとうものはいくつかあります。しかしエメラルドの緑には、他と混同しようのない固有の深さがある。それはおそらく、この石が積み重ねてきた歴史の重さから来るものでしょう。
エメラルドの日を制定したのは、コロンビアエメラルド輸入協会です。2000年(平成12年)に制定され、一般社団法人・日本記念日協会に認定・登録されています。もともとは「みどりの日」が置かれていた4月29日が記念日でしたが、2007年に「みどりの日」が5月4日へ移動したのに合わせて、同じく5月4日へと変更されました。緑の宝石をPRするのに、「みどりの日」より相応しい日はない、という判断です。なお、エメラルドは5月の誕生石でもあります。
エメラルドは、鉱物ベリル(緑柱石)の一種で、和名は翠玉または緑玉。宝石言葉は「幸運」「幸福」「誠実」とされています。その歴史は人類文明と並走するほど古く、世界四大宝石のひとつに数えられます。古代エジプトでは、クレオパトラがエメラルドを深く愛用したと伝えられており、エジプト東部の鉱山は「クレオパトラの鉱山」と呼ばれていたほどです。
現在、宝石用エメラルドの80パーセント以上はコロンビア産とされています。同国のアンデス山脈に広がる鉱脈から産出されるエメラルドは、深みのある緑と透明度の高さで世界的に評価が高く、産地名がそのまま品質の証明になっています。
今日、エメラルドのアクセサリーをお持ちであれば、せっかくですから身につけてみてください。持っていなくても、5月の若葉の緑をエメラルドに見立てて眺めるだけで、この宝石が古代から人を引きつけてきた理由が、少しわかるような気がします。
ファミリーの日
連休の中日というのは、不思議な時間の流れがあります。予定と予定のあいだに生まれた、どこへも属さない空白の時間。かつての5月4日は、まさにそういう日でした。
「ファミリーの日」は、ゴールデンウィーク期間中に家族で過ごすことを推奨する記念日です。制定の主体については記録が定かではありませんが、この日がかつて「国民の休日」だった時代——憲法記念日とこどもの日に挟まれた、祝日でも平日でもない不思議な一日——の名残を引き継ぐように生まれた記念日と考えられています。
考えてみれば、家族がそろってどこかへ出かけるには、特別な理由など必要ないはずです。それでも現代の日常では、仕事や学校やそれぞれの予定が家族をバラバラにしがちで、気がつけばひとつ屋根の下にいながら顔を合わせる時間が少ないという家庭も珍しくない。「ファミリーの日」という名前には、そんな日常への小さな問いかけが込められているように思います。
ゴールデンウィークという連休の文脈のなかで、今日はあえて遠出をせず、家族と同じ食卓を囲む時間を大切にするという選択もあります。子どもと一緒に料理を作る、普段は話さないことを話してみる——そういった何でもない時間が、後になって家族の記憶の中に残っていくものです。
植物園の日
「ふるさとの植物を守ろう」。この一行のテーマを掲げて、公益社団法人・日本植物園協会が制定した記念日が「植物園の日」です。2007年(平成19年)に制定され、「みどりの日」である5月4日が選ばれました。
日本植物園協会では、この日を中心に全国の植物園でさまざまなイベントや関連行事を開催し、植物園活動の社会的な重要性を広く市民に知ってもらうための活動を展開しています。
植物園(botanical garden)は、もともと学術研究を目的として、植物学の視点から特性ごとに植物を収集・栽培・保存する施設として誕生しました。歴史的には大学や研究機関に付属する形で発展してきましたが、近代以降は市民の憩いの場や観光施設としての側面が強くなっています。
植物園の起源をたどると、古代まで遡ります。世界七不思議のひとつとして知られる「バビロンの空中庭園」が、現代の植物園の原点的な存在と見なされることもあります。バビロンは古代メソポタミアの首都で、現在のイラクの首都バグダード郊外にそれらしき遺跡が残っています。空中に浮かぶ庭園を連想させる名称ですが、実際には高台に造られた庭園だったと考えられています。
みどりの日の今日、近くの植物園へ足を運んでみるのはいかがでしょうか。入場料が無料になる施設も多いこの日は、植物園デビューの絶好の機会です。解説パネルを読みながら歩くだけで、ふだん名前も知らずに見ていた草花が、急に固有の顔を持ち始めます。
ラムネの日
瓶の口のすぐ内側に、ガラス玉が一個はまっている。子どものころ、あれをどうやって外すかに本気で挑んだ記憶のある方も多いのではないでしょうか。
1872年(明治5年)の5月4日、東京の実業家・千葉勝五郎がラムネの製造販売の許可を取得しました。この日が「ラムネの日」の由来です。千葉は、横浜に住んでいた中国人でレモン水の製造技師であった憑建を雇い、製造法を習得しました。当初は「沸騰散」「ジンジャービヤ」などと呼ばれ、飲むとゲップが出ることからあまり評判がよくなかったといいます。
「ラムネ」という名前は、レモン水を指す英語「レモネード(lemonade)」が訛ったものです。実はラムネが日本に伝来したのはさらに以前、幕末の長崎や横浜とされており、1865年(慶応元年)に長崎の藤瀬半兵衛が初めて製造したという説もあります。ただし藤瀬が製造販売を始めた日付が明確でないため、千葉勝五郎が許可を取得した1872年5月4日が記念日として採用されました。
あのガラス玉の栓がどうやって入れられるかをご存知でしょうか。最初は瓶の口がガラス玉の入る大きさになっていて、玉を入れた後で加熱して口をすぼめています。栓をする仕組みも巧妙で、炭酸の圧力でガラス玉が押し上げられることで密封される構造になっています。
夏の飲み物というイメージが強いラムネですが、五月の今の季節も悪くありません。今日の昼下がり、縁側や公園のベンチでひとくち飲んでみると、明治の東京から続く長い時間の重なりをほんの少し感じられるかもしれません。
ノストラダムスの日
1555年のこの日、フランスの医師にして占星術師であったミシェル・ド・ノストラダムスが、予言集『百詩篇集』を出版しました。原題には「Les Prophéties」、直訳すると「予言集」の文字が含まれています。この出版日が「ノストラダムスの日」の由来です。制定者については記録が定かではありませんが、500年近くにわたり人々の想像力を刺激してきた書物の誕生日として、自然発生的に語り継がれてきた日付と考えられます。
日本でノストラダムスの名が広く知られるようになったのは、1973年(昭和48年)のことです。作家・ルポライターの五島勉が祥伝社から発行した『ノストラダムスの大予言』が爆発的なベストセラーとなりました。公害問題などで将来への不安が高まっていた当時の日本社会において、「1999年7の月に人類が滅亡する」という解釈は、人々の心に深く刺さりました。翌1974年(昭和49年)には東宝が同名の映画を制作・公開し、文部省推薦作品にもなっています。
1999年が近づくにつれてテレビや雑誌が連日特集を組み、「恐怖の大王」の正体については隕石・核兵器・環境汚染・疫病など様々な解釈が飛び交いました。しかし結局、1999年に人類滅亡につながるような大事件は起こらず、予言は外れたとされています。
もっとも、471年前に書かれたひとりの人物の詩が、20世紀の日本でここまで社会現象になったという事実は、予言の真偽とは別次元で興味深いものがあります。人は未来への不安を抱えるとき、何かに答えを求めずにはいられない——ノストラダムスの詩はその鏡だったのかもしれません。
名刺の日
財布の中に、あるいは引き出しの奥に、もらったまま名前も覚えていない名刺が何枚か眠っていないでしょうか。
「名刺の日」は、プライベート名刺の普及などを目的として日本名刺研究会が制定した記念日です。日付は「めい(May)し(4)」という語呂合わせから来ています。
名刺は、名前・所属・連絡先などを記載したカードで、初対面の際の自己紹介や職業上の儀礼として手渡されるものです。日本における標準サイズは91×55mm。この数字にも由来があって、長辺の91mmは日本古来の長さの単位である「3寸」(1寸=約30.3mm)に由来しています。短辺の55mmは、もっとも美しい比率とされる黄金比から導き出された数字です。黄金比は近似値で1対1.618。パルテノン神殿やミロのヴィーナスにも用いられたとされるこの比率が、日本の名刺にも息づいていたとは、なかなか粋な話です。
「名刺の日」の制定には、ビジネス名刺だけでなくプライベート名刺の普及という目的が含まれています。SNSが普及した現代でも、対面で何かを伝えたいとき、紙一枚の名刺が持つ力は侮れません。手渡しという行為そのものが、デジタルには替えがたい温度を持っています。
連休中に旧友と会う予定があるなら、今日を機にプライベート名刺を作ってみるのも一興です。自分の名前と好きな一言、連絡先だけでも、渡した瞬間の相手の表情がきっと変わります。
うすいえんどうの日
豆ご飯の香りは、春の終わりを告げる合図のようなものです。炊き上がった瞬間に立ち上るあの甘い香りを嗅ぐと、今年も春が終わるのだと、どこかしみじみとした気持ちになります。
「うすいえんどうの日」を制定したのは、愛媛県西宇和郡伊方町に拠点を置く企業ではなく——日付については一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録されており、5月4日が選ばれた理由はゴールデンウィークの5月上旬がうすいえんどうの収穫のピークであることと、みどりの日の「緑」とうすいえんどうの爽やかな緑を重ね合わせたものとされています。
「うすいえんどう」、通称うすい豆は、莢を取り除いて未成熟の実を食べる「実えんどう」の一種で、一般にはグリーンピースと呼ばれる種類にあたります。豆ご飯、卵とじ、煮物など様々な料理に使える春の旬野菜として、特に関西で広く親しまれてきました。ふっくらした食感と上品な甘みが特徴で、缶詰のグリーンピースとは別物と感じるほどの差があります。
主な産地は和歌山県で、国内生産量の50パーセント以上を占め、なかでも日高地方が一大産地として知られています。関東方面にはあまり出回らず、主に関西地域で流通・消費されることが多いため、関西以外の方には馴染みの薄い食材かもしれません。
旬は今まさにこの時期。今日の夕飯に豆ご飯を一品加えてみてください。生のうすい豆が手に入らなければ冷凍のグリーンピースでも構いません。五月の食卓に、季節の色を添えてみましょう。
しらすの日
海の恵みが食卓に届くまでの距離は、私たちが思っているより遠い。漁師が早朝に網を打ち、水揚げされ、加工されて、ようやく茶碗の上に来る。その道のりを想うとき、白く小さな魚が少し違って見えます。
「しらすの日」を制定したのは、愛媛県西宇和郡伊方町でしらす・ちりめん・カニなどの海産物の加工販売を手がける朝日共販株式会社です。一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録されています。5月4日が選ばれた理由は、5月が全国的にしらす漁の全盛期であること、そして「し(4)」の語呂合わせ、さらに「みどりの日」である5月4日に、森や山の豊かな恵みが海をつくり上質なしらすを育ててくれることへの感謝の意味が込められているからです。
シラスとは、カタクチイワシ・マイワシ・イカナゴ・ウナギ・アユ・ニシンなど、体に色素がなく白い稚魚の総称です。これを塩ゆでにして干したものが「しらす干し」や「ちりめんじゃこ」と呼ばれます。しっかり乾燥させたものをちりめんじゃこ、あまり干さないものをしらすと区別する説や、関東ではしらす干し・関西ではちりめんじゃこと呼ぶという説もありますが、現在ではその区別はかなり曖昧になっています。
朝日共販の看板商品は「釜あげしらす」。捕れたてのしらすをさっとボイルし、讃岐の塩のみを加えた無添加のもので、素材の新鮮さが際立つ一品です。
今日の朝食に、釜あげしらすをご飯にのせ、生姜と醤油でシンプルに食べてみてください。それだけで今日という日が、少し豊かになります。
スター・ウォーズの日
「May the Force be with you.」——フォースと共にあらんことを。
この言葉の「May the Force」が「May the 4th」(5月4日)に語感として重なることから生まれたのが、スター・ウォーズの日です。ウォルト・ディズニー・カンパニーの日本法人であるウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社が制定し、一般社団法人・日本記念日協会に認定・登録されています。世界中に熱狂的なファンを持つ映画スター・ウォーズを、日本でもより多くの人に知ってもらうことが目的とされています。
「May the Force be with you」という言葉が映画史に登場したのは、エピソード1「ファントム・メナス」でのこと。ポッドレースに出場直前の少年アナキン・スカイウォーカーに、ジェダイ・マスターのクワイ=ガン・ジンがかけた一言がこれでした。その後、ジェダイが別れ際に相手へ送る言葉として定着し、「Good luck」に近い使われ方がされています。
5月4日は世界中のファンがスター・ウォーズ文化を祝い、映画を讃える日として認知されており、各地で記念のスペシャルイベントが開催されます。語呂合わせから始まった記念日が、今や国際的なファン文化の結節点になっているのは、この映画シリーズが持つ圧倒的な求心力の証でしょう。
連休中のひとつの夜を、シリーズを見返す時間に充ててみるのもいいかもしれません。
糸魚川・ヒスイの日
ダイヤモンドより割れにくい石がある、と言われたら、信じるでしょうか。
新潟県糸魚川市に事務局を置く市民団体「NPOまちづくりサポーターズ」が制定した「糸魚川・ヒスイの日」は、2014年(平成26年)に一般社団法人・日本記念日協会に認定・登録されました。日付は、ヒスイの「翠(みどり)」から「みどりの日」である5月4日が選ばれています。糸魚川市のまちおこしを目的に、ヒスイの魅力を広く伝えることがこの記念日の使命です。
糸魚川市は、日本唯一のヒスイ産出地であり、世界最古のヒスイ文化発祥の地でもあるとされています。ヒスイ(翡翠)は深緑の半透明な宝石で、東洋や中南米のインカ文明では古くから金以上に珍重された石です。日本では2016年(平成28年)に日本鉱物科学会により国石として認定されています。
冒頭の問いに戻りましょう。ヒスイは全ての鉱物の中で最も割れにくい性質、すなわち「靭性」が高い石です。最高の硬度を誇るダイヤモンドは、特定の角度から衝撃を与えると比較的簡単に割れてしまいます。一方、ヒスイは細かな結晶の集まりであるため、衝撃に弱い方向が存在しない。硬さと粘り強さは別物だという、自然界が教えてくれる静かな真理です。
糸魚川では、ヒスイを含む豊かな自然や石探しツアーなど、石から広がる独自の価値を提供する「石のまち」プロジェクトが2019年(令和元年)より展開されています。いつか新潟を訪れる機会があれば、糸魚川の海岸でヒスイの原石を探してみてください。
修司忌
「書を捨てよ、町へ出よう」。この一行が、昭和の若者たちに何かを解き放ったとき、その言葉を書いた人物は、まだ三十代だった。
修司忌は、昭和時代の歌人・劇作家である寺山修司の忌日です。1983年(昭和58年)5月4日、47歳という若さで敗血症のために亡くなりました。青森県三沢市にある三沢市寺山修司記念館では、この日を中心に「春のフェスティバル」が開催され、献花や短歌・詩の朗読などが行われています。
寺山修司は1935年(昭和10年)、青森県弘前市に生まれました。高校時代から俳句・短歌に頭角を現し、1954年(昭和29年)には「短歌研究」新人賞を受賞。その後、早稲田大学を中退しながらも詩壇・歌壇の注目を集め、ラジオドラマ、映画シナリオ、演劇と活動の幅を際限なく広げていきます。1967年(昭和42年)には横尾忠則らと劇団「天井桟敷」を結成し、徹底した前衛性と市街を舞台にした演劇で国内外に強烈な印象を残しました。
ボクシング評論、競馬評論、詩歌、映画——あらゆる領域に越境し続けた寺山修司の作品群は、死後40年以上を経た今もなお読まれ、上演され続けています。代表作に戯曲『毛皮のマリー』(1967年)、『奴婢訓』(1978年)、映画『田園に死す』(1974年)などがあります。
五月四日という、この記念日と忌日が重なる日に、寺山修司の言葉をひとつでも手に取ってみてください。半世紀前の青森の青年が書いた言葉が、今日という日を照らすかもしれません。
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